「おいしさを描く」とは、何を描くことなのか

プリンアラモード

※この文章は、私が「おいしさを描く」ことについて考えてきた過程をまとめたものです。

「おいしそうなイラストですね」──そう言っていただけると、じんわりと喜びがこみ上げます。

フードイラストレーターとして食べものを描き続ける中で、私が問い続けてきたのは、「この味を伝えるには、どう描けばよいか?」ということでした。

私にとって「おいしそうに描く」とは、料理の見た目を模写するだけではありません。可能であれば実際にその料理を口にし、五感を研ぎ澄ませて観察します。そうして得られた感覚的な情報を、色や形に置き換えていくのです。
食べものの味わいは、さまざまなかたちで記憶に残ります。「サクッ」という軽やかな音や、「じゅわっ」と広がる旨み。そうした感覚的な要素を絵の中に込められたとき、描き手としての充実感があります。

しかし、長年このテーマに向き合う中で、私の中にずっと燻っていた問いがありました。「シズル感」だけでは表現しきれない“何か”が、おいしさにはあるのではないか、と。

考えてみれば、同じ料理でも、たとえば「一人で静かに味わう日」と「大切な人たちと囲む賑やかな食卓」とでは、その「おいしさ」はまったく異なるものに感じられます。料理を前にしたときの情景、その場の空気、そして私たち自身の心の状態。そういった目に見えないものたちもまた、「おいしさ」を形づくる大事な要素なのだと気づき始めました。

ならば、そうした機微をイラストにも滲ませることはできないか。
単に味覚や視覚に訴えるだけでなく、その料理が内包する「空気」や「時間」、 さらに、料理に関わられた人たちの想いや、背景にある食文化や歴史も含めたイラストが描けるのではないか──。

その思いを深める中で、私は通信制大学であらためて、イラストレーションと食について学び直す道を選びました。

学びを進めるにつれて、食を取り巻く環境や変化にも、自然と目が向くようになりました。気候変動、資源の偏り、そして栄養や食料を持続可能なかたちで次世代へ引き継ぐにはどうしたらよいかといった問いにも向き合うことになりました。同時に、代替肉やフードテックといった新たな技術やアイデアに出会い、「食の未来」を考える視点も少しずつ増えています。

だからといって、私が何か大きな変革を志しているわけではありません。
ただ、いま目の前にある料理と真摯に向き合い、そのおいしさを深く味わい、描く。この地道な積み重ねが、未来の食について考えるきっかけの一つになるのではないかと、今はそう信じています。

一皿の料理には、多くの人の手と時間、そして想いが込められています。それを受け取る食べ手がいて、それを描く私がいて、そしてその絵を見てくださる方がいる。「おいしそう」という一言で、何かが確かに繋がっていく感覚。この巡り合わせが、私にとっての喜びです。

「おいしさを描く」という行為は、絵の技術を磨くこと以上の意味を持っているのかもしれません。それは、「食べるとはどういうことだろう?」「食べものはどこから来て、どこへ向かうのか?」──そうした根源的な問いに思いを馳せるための、ささやかな営みなのかもしれません。

だから今日も、私は食べる。感じ取る。そして、描く。
その繰り返しの中で、「おいしさ」の核心に触れていけたらと願っています。


松野美穂|フードイラストレーター
料理や食体験を題材に、「おいしさ」とは何かを観察とスケッチを通して考えている。
広告・出版・パッケージなどの仕事を行う一方、大学で食文化を学びながら制作を続けている。

TIS(東京イラストレーターズ・ソサエティ)会員
Adobe Japan Prerelease Advisor/Adobe Community Expert
https://matsunomiho.myportfolio.com/